2005年9月アーカイブ
来週の講義の資料を事務室のパートさんに印刷してもらうために、事務室へ向かう途中、後輩に会いました。
後輩 「どこいくんですか?飯一緒にいきませんか?」
bin 「これから印刷をたのみにいくんだ。」
後輩 「binさんの講義って木曜でしたよね。」
bin 「そうやけど。」
後輩 「binさんが講義資料を1週間前につくってるなんて、
まして午前中にbinさんが働いてるなんて、
奇跡ですね。え?もしかして、昨日の資料ですか。」
なんでやねん。そこまでいうか。
強すぎる阪神の優勝という偉業の裏で、僕も小さな奇跡を起こしたようです。
Ben Folds Liveに行く相方を急に探すことになって、ロック好きな人を中心に大学の知り合い、高校時代の同級生などに片っ端から連絡とりました。まー、結果は認知度ゼロ(ほんとにゼロでしたよ)だったわけですが。普段無精にして連絡をとっていないので、いきなり誘ってもきてもらえない。しかも2,3日前だし。
久しぶりに連絡を取ったものだから、「いま、どうしんてんの?」とか「大学院って何するところ?」とか、「結婚してんの?」とかいろいろ聞かれたり、こっちが「えー、こども3人もいるの」と驚いたり、一人あたりの所要時間が長い長い。おかげで誘いをかけた人数は10人ちょっとだったと思います。1対1で同窓会を展開してしましました。
また中には実家に電話をかけたら消息不明な人もいたり、海外に住んでることがわかったり、みんないろんな人生歩んでるんだなーと感心しました。
「どんだけ長いこと連絡とってないねん!」と心の中で自分につっこみましたね。人脈はメンテナンスが大切です。
ところで、ふくちゃんにM田さんからの連絡はあったのだあろうか?
大阪IMPホールで行われたBen Foldsのライブに行ってきました。心配していたもう一枚のチケットはここにも時々出入りしてくれるUedoくんが消化してくれて助かりました。
意外と小さいホールで、観客は数百人といったところかとおもいます。アナウンスでは「整理番号1200番までの方・・・」といっていたのですが、そんなに人はいないようでした。
さて、ライブですが、期待通り、いや、期待以上でした。燃えました。最新アルバムはかなりしっとり系のアルバムなので、じっくり聴かせる曲が多いかなと思ったのですが、しっとりもありつつ、Ben Folds Five時代の楽しい曲、激しい曲、名曲などもあり、とっても楽しめました。Uedoくんも「初めて聞いたけど楽しかった」といってくれたのでよかったです。(相変わらず認知度ひくいな。もったいない。)
最初から一気に盛り上がって、特に中盤にさしかかったときの"Rockin' the Suburbs"でさらにみんなもう一段ハイテンションになって後はもう、トリップ状態でしたね。アルバム"Ben Folds Live"に"Army"のトランペットとサックスをパートを観客が担当する場面があるのですが、なんと、あれができました。幸せです。”God, Spare me more rejection!”もばっちり決めてもう、そのころには僕は恍惚状態に入ってました。"Phirosophy"や"Bricks"も心にしみたし,"One Angry Dwarf And 200 Solemn Faces"も楽しかったです。
Tシャツも買い、ライブも大満足なのですが、セットリストを写真に撮ってくるのを忘れました。ふくとUedoの変な写真は撮れたけど。(出していいのだろうか?名誉に関わると思うけど。)唯一の心残りです。セットリストどっかで発見したら教えてください。
しかし、僕には他の人にはないもう一つの楽しみがあるのです。それは鎖骨骨折馬鹿に自慢にいくこと。午前中に見舞いに行って、Tシャツを見せながら、「イヤーよかったよ。残念だったな。この世に生まれてきてあのライブにいけないなんて何のために生まれてきたんだか。」などといじめてきました。その悔しがりようときたら最高でした。一応そのTシャツはプレゼントしたのでよしとしておこう。
実はさらにもう一つ楽しみがあるんですが、それはちょっといえません。ではまた。
夜になってから、自転車いじってました。
スプロケット(後輪についているギアたち)をはずそうと必要な工具をそろえていたら、工具箱にスパナがない。何でスパナないんだろうとよくよく考えてみると、引っ越しの時に棚を分解するときに使って、家の工具箱にしまったことを思い出しました。
取りに帰るより買った方が間違いなく安い。しかし、あんなデカブツが二つもあってもしょうがない。別に家に置きっぱなしでもいいんだけど。家に帰る用事もないし。でももったいないなー。
ってな具合で買うべきか、買わざるべきか迷ってます。我ながらばかばかしい。店が開いている時間だったら間違いなく速攻で買いに行っていたと思うんですが、秋の夜長は人をまどわせるのかも・・・(すいません、オチありません。)
あした学会の帰りに買ってこよう。
Ben Fold Liveにいく交代要員を探し回ってますが、意外とみんな知らないのね。個人的にはプラチナチケットなんですが・・・。お金はともかく一人で行くのさむいなー。
ということで、研究そっちのけでダフ屋みたいなことやってた1日でした。
今日はまだ3時過ぎなのに、小さな事件が僕の周りで勃発してます。
1.自動車で通勤途中に目の前を走っていたタクシーが故障。
国道1号線の2車線ある右側の車線で赤信号停車中に前のタクシーから客が降りたと思ったら、運転手も降りてきて、右手だけ車の中につっこみ何をするのかとおもいきや・・・・・押してるよ。この故障でしばし動けず。
2.親知らず痛い。
元々右下の親知らずが斜めに生えていて、そこでものをかむとちょっと痛い。今朝ご飯を食べた時に激痛が走りました。今日歯医者に行ったところ、「抜くまでもないと思うけど、痛みが続くようだったら・・・・・」とのこと。うーん。
3.友人が鎖骨骨折
自転車仲間がダウンヒル練習中に鎖骨骨折、そして入院。今週末のベン・フォールズに一緒に行く予定だったのに。4日で直せ。気合いで直せ、といいたいところだがさすがに無理か。ベッドから上半身を起こすのも大変らしい。ただいま一緒に行く人募集中。25日の日曜日です。
なんか、並べてみると我ながら不幸な1日だ。
前のエントリーのコメントで子供と周りの人の関係性について話が出たので、ちょっと考えてみよう。といっても、甥に関して僕がみられるのは実家だけなので、そこで甥と家族の関係性を分析してみることにする。
まず、甥からみての家族の序列はこうだろう。
母親>父親>甥泰>=叔父>祖父
次に甥にとってどのような関係にあるかを私の分析だとこうなります。
母親=絶対的支配者
父親=保護者
叔父=たまにやってくる遊び友達
祖父=召使い
では、この違いが言動にどのような違いが出るかというと、公園に行きたい場合を想定してみよう。
対母親 「公園いきたいなぁ」(あくまで希望)
対父親 「公園連れてって」(依頼)
対叔父 「公園いこーよー」(勧誘)
対祖父 「じぃ、公園行くで」(行くことは決定済み)
経験的にこうなっていると思います。ただ、知らない人とかあまりあったことのない人にははっきり主張できないようです。
ともかく、大人もそうですが、子供も人によって態度を変えていることは間違いありません。
おそらくこの関係性の変化は、どれだけ今まで甘やかしてきたかということが影響していると思われます。
もうちょっとありがたく扱ってもらえるように、これからは厳しく行こう。
ご紹介頂いた絵本『おまえうまそうだな』を甥に買い与えたところ、当然のごとく「読んで」の催促。(彼はまだほとんど字が読めない。ようやく、ひとつひとつのひらがなを読めるようにはなってきたけれど。)
この催促はかなり激しいものである。子供の好奇心は時に凶暴です。「お母さんに後で読んでもらって」などと言おうものなら、怒って手を出してきます。しつこく避けると噛まれたりもします。情報を獲得できないということは結構なストレスなんでしょうね。大人になるとこの大事な感覚を忘れるのかもしれません。
さて、本題。絵本を読み聞かせるのは結構難しい。この本、うまれたばかりの恐竜の赤ちゃんが、自分を食べようとした肉食恐竜を父親だと勘違いしてしまう話なのですが、僕の読み聞かせ力では、甥にそこのところを理解させることができず、読んでいる途中で、甥から「ホントのおとうさんとちがうの?」、「ホントのおとうさんとおかあさんはどこいったの?」、「なんでこのおっきい恐竜はちっちゃいの食べようとしてたん?」などと質問攻めにあいました。
ところが、このあいだ行った授業参観では先生が絵本を読むのを子供たちはみんなおとなしく聞いています。誰も質問しない。これはどういうことなのだろう? 子供たちも日本人でみんなのいる前では質問しにくいのか、それとも、先生の読み聞かせが上手だからなのか。一応先生もプロみたいなもんだしなー、と納得はしてみたものの、ひらがなばかりの絵本を読むのだけで、これほど力量の差が出るとは思いませんでした。
人にものを教える、伝えるというのは僕の仕事にも関連があることなので、おおいに考えさせられる出来事でした。絵本の読み聞かせ、これはもう、ソクラテスのいうテクネ、ドラッカーのいう知識といって過言ではないですね。
ホントに行ってきましたよ、授業参観。
敬老の日が近いので、おじいちゃん、おばあちゃんを対象にした授業参観だったのですが、甥の祖父母、父母はすべて働いている(母は同じ幼稚園の先生)ため、僕に白羽の矢が当たりました。
初めての授業参観でもあり、叔父の参観は奇異ではないかと少し緊張すると同時に、どうせ父親に見られるだろうという妙な安心感の中で見て参りました。周りは予定通りおじいちゃん、おばあちゃんばかり。僕をはじめとする父親母親がちらほらといる程度。別に奇異に見られることもありませんでした。なぜなら、みんな自分の孫しか見てないから。

写真は「お歌」を歌っているところです。体を左右に傾けて、手拍子しながら歌ってました。いつもはふてぶてしい甥も、ちゃんと幼稚園児してました。内弁慶なのは母親譲りのようです。
叔父バカもここまでくると重症かもしれません。でも、どうせ相手をしてくれるのも今のうちだから、今のうちにしっかり遊んでおきます。
甥とお風呂に入っていたときのこと。
僕が体を洗っていると湯船にいたバカ甥がどう見たっておしっこをしていたました。
一応注意してみました。
私「こら、しっこしてるやろ。」
甥「しっこしてへんもん。」
私「お湯が黄色くなってるやんか」
その後の切り返しは見事でした。
すっかり叔父馬鹿になってしまった私ですが、またすごいことになってしまった。明日、甥の幼稚園へ授業参観へ行ってきます。おじいちゃん、おばあちゃんを対象にした授業参観らしく、一人ぽつんと違和感を放ちながら甥を見守ることになりそうです。
それにしても授業参観でみる側に回る歳になったんですね。なんか寂しいです。
住民票は実家なので、そのまま衆院選まで実家に帰ります。授業参観の模様は月曜にでも。こうご期待。

今日はなにやら妙に黄ばんだ夕焼けが気になって写真を撮ってみました。(上)
そして家から5分くらい歩いてもう1枚。今度はふつうの夕焼けに見える。(下)
見る角度なんだろうか。それとも時間の経過のせいか。空の色は不思議ですね。

忌野清志郎(←字に自信なし)さんの自転車が盗まれました。
取得価格160万円。現在価格100万円の自転車、オレンジ号だそうです。
自転車系ブログはこの話題で持ちきりですな。
雑誌なんかにもよく登場してましたから。
でも、僕の頭は今日インタビューに行ってきたスナック菓子最大手企業のことでいっぱいです。聞いたことが頭に残っている間に整理をせねば。先週末からずっとインタビューのことでソワソワしてました。ブログもかかないわ、本もしっかり読めないわ、そのくせネットは徘徊するわと敵前逃亡状態でした。
まあ、インタビューに行ってわからないことがわかったし、次の研究の仮説もぴーんと来たし。よかった。
とりあえず今週は世俗をわすれて、研究者として1週間を送ってみたいと思います。気持ちが落ち着いたのでブログは書くかもしれないけど。
ところで、適当にその日にあったことを日々ブログに書いてると、2,3日書かないだけで、僕の意識の中で「その日あったこと」が「ネタ」に変わっていくような気がします。そんなことってないですか?
カメラといえばライカ。
世界のキヤノンでさえ、一時期は「ライカに追いつき、ライカをおいこせ」というスローガンを掲げていたというカメラの象徴的存在ですね。今のフィルムのサイズもライカが最初に作ったから、今の形になったそうです。
そのライカがついにデジタルですよ。しかもただのデジカメじゃーない。新発売のこの機械を既存の銀塩カメラにくっつけてデジタル撮影ができます。
かつて経済学者シュンペーターはイノベーションとは新しい結合である。そしてイノベーションを成功させるにはそれを徹底してやり抜くことであると述べました。まさしく銀塩とデジタルの新結合ですよ。誰もがフィルムもデジタルも一台で撮影できればいいなあと思ったことはあるはず。でもそれをやり抜いたひとはいなかった。これこそシュンペーターのいうイノベーションの最たるものですよ!
ただ、ライカさん。70万円って、新しくデジタルカメラ作った方が安上がりだと思うけど・・・・。そんなツッコミはなしですか?
昨日は大学院の同期と後輩(なぜか僕が一番年下)と一緒に、同期がハマっているという鳥料理『ゐ勢屋』に行ってきました。場所は滋賀・石山駅徒歩五分。
基本は焼鳥屋のようで、薄く煙が漂う小さな店内に多くのお客さんが、そして店外にもベンチに座りながら焼き鳥を食べるお兄さんたちの姿がありました。なぜかみんなとっても楽しそうに話しているのが印象的で、はやってるなーっていうオーラを出してました。
うまい焼き鳥がリーズナブルな値段で提供されていて、全部うまいんですが、特にせせりとレバーがおすすめです。とくにレバーの柔らかくて味わい深いのが最高でした。レバーが苦手な人も是非食べてみてください。
そしてなんと言っても一番はこの親子丼(写真ぼけててスマン)。近江軍鶏を使っているせいなのかどうなのか、ウマー!!
よけいな説明はいりません。(というか出来ないので放棄)
滋賀にお越しの際は案内しますよ。ぜひ。
価格も三人で7000円ちょっとでした。下手な居酒屋へ行くくらいなら、断然おすすめです。
冬は「軍鶏すき」などもあるようでたのしみです。あと、串カツもうまかった。
こんなにうまいとチェーン居酒屋でみるような愚痴をこぼすオッサンもいないはず。
解散総選挙。
日本の行く末を決める大事な選挙です。
最近、名前の連呼に腹が立って妨害して、逮捕された人がいるらしい。気持ちはよくわかる。
選挙は大事だと思いますが、昔から選挙活動の仕方には得心がいきません。
たとえば、
1.名前の連呼。名前なんて投票所に行けば書いてある。連呼は公害だと思う。
2.「清き一票を」っていってるけど、俺の地元では賄賂が横行していたぞ。
3.ポスター。決められたところだけでなく、人の家とかに無許可で貼る。犯罪ではないのかな?
4.街頭、町中での握手、手を振るなどの活動。そんなことしても日本はよくならないと思う。そんなことで感激して投票するほど世の中甘くない。
5.「うちの主人を男にしてやってください。」 意味がわからなくないが、性差別的だと思う。
6.情に訴えかける候補。個人的にそんな人は不愉快だ。だって赤の他人だし。
7.最近のノボリ。青とか、黄とか色だけで文字が書いてない。誰のかわかんないよ。賃貸マンションには(おそらく)勝手にくくりつけてある。誰のかばれるのはまずいのか。
8.大学生らしきバイトをつれて、自転車で町中疾走。自転車には無記名ノボリ付き。行動そのものが意味不明。
9.自動車の窓から手や顔を出して、マイクでしゃべってたり、手を振ってたりするのに、警官に注意されないのは納得がいかない。暴走族の箱乗りは捕まるのに。
などなど、観察していると不思議なことが多い。
選挙の手法ってここ数年でやっと進歩し始めたところですよね。最近では、マニフェストを配ったり、ちゃんと政策を訴えたりする人もいるようです。でも、地元と現住地の選挙を見る限り、基本的に田舎ではあまり進歩してないようですよ。市議選に比べて選挙区が広いのと候補者が少ないので、騒音には悩まされずにすみますが。
あと、一人の候補者が選挙にどのくらいお金を使うのか知りませんが、結構なお金がかかるといいますよね。でも、日本の選挙って無駄が多いと思いませんか?もっと費用削減できると思うし、本当に意味あるものだけを行って、国民もそれに対して敏感に反応する。そんな社会になってほしいですね。
